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誰もが見捨てたビル。救ったのは想い出だった!

「こんなビル、もう価値はないよ」

東京都北区赤羽に建つ築50年になる元・美容院ビル。70年代にはいくつもの支店を有するほど繁盛し、当時としてはモダンな外観が粋な存在だったとはいえ、高齢になった所有者が閉業してから廃墟と化したこのビルには、親族の誰も見向きもせず、現株主ですら相手にはしていませんでした。

ところが、人の出入りも無くなったこのビルを「もったいない」「なんとかしたい」という思いで、現オーナーの吉柴 宏美さんが立ち上がりました。美容院を経営していた祖父と過ごした幼い頃の想い出を胸に、自らが育った赤羽を盛り上げてくれるような、地域に根ざした新たな価値を生み出すビルのリノベーションに取り組んだのです。

問題だらけのビルだったとはいえ、様々なシミュレーションの結果「収益性が高く、赤羽地域に貢献できる」と判断してホテル経営を決意した吉柴さんは、ついに2015年にマイクロブティックホテル「HOTEL ICHINICHI」とカフェバー「THE 315」を開業するに至ったのです。

 

ローコストで実現する秘訣。「剥き出し」の魅力

1、2階は美容院、3階より上は寄宿舎となっていたこのビル。エレベーターはなく、壁紙は剥がれ、雨漏りもあって湿気もひどい…。リノベーションに取り組む前は上階がまさには「廃墟」と呼ぶにふさわしい状態…。こんな悪条件を聞けば誰だって諦めてしまいそうですが、建築確認済証もきちんと出していた吉澤さんの祖父の先見の明のある行動のおかげで、そんな中でも好条件にてリノベーションがスタート。

何よりも、建築基準法やホテル経営に関する様々な法律、さらには予算など、あらゆる方面からの「縛り」が多く、限界が多い中でのチャレンジでした。しかし、旅館業の簡易宿泊所として登録し、規制や逆境を「逆手に取った戦略」でコンセプトを打ち立てたのです。

例えば宿泊スペースとして「居室」を設けるのでは無く、大きなシェアスペースの中に「家」ライクな形状の家具のようなブースを作り出し、モダンな個人スペースを確立。少ない予算の中での取り組みに建築家のアイディアが光ります。

もともとデザイナーだったという吉柴さんもご自身の才を生かし、ブランディング、サイン、グラフィックなどに取り組み、モダンなセンスに基づいた新世代に受け入れられやすいコンセプトで内装を進めていきました。

何よりも注目したいのは、度重なる改装や工事によって窮屈な印象へと変わっていたビルの入り口や目線から、「余計なもの」をすべて排除することによって「建築当初」の状況に戻しつつ、吹き抜けと大開口によって実現した見事なファサード

内部の素敵なシャンデリアが外から見えるように戻ったことで、昔の雰囲気を覚えていた商店街の方々からも「懐かしいね」という声が。親族も「昔、こうだったね」と、それぞれが想い出を取り戻したのです。懐かしいながらも、シースルーの吹き抜けから見えるシャンデリアや赤と黒のモダンなフレームなどは、「新しさ」が強調されたセンスに。

結果的に、外観も目立つようになって、オープン後3ヶ月ぐらいは毎日のように通行人が「ここは何?」と立ち寄るようになったのだとか。古い建物が多い商店街の中にひときわモダンに輝くこのホテルは、もはや赤羽のランドマーク的な存在と呼んでも過言ではないかもしれません。

取り組み当初はハイグレードな装飾にしようかといろいろなアイディアが湧いたそうですが、現実には制約が多かったため、「極限までそぎ落とす」という手法によってシンプルでモダンな雰囲気を生み出すことに成功しています。

例えば、一般的には「汚い」と思われる状況についても思考を切り替えてデザインに反映させています。壁紙やフロアタイルを剥がした状態のままでコーティングしたり、要所要所でコントラストがはっきりするような塗装を施したり、元の躯体を「剥き出し」にすることで、建物の「」を視覚的に表現したり。

そんな工夫の一つが、「木毛セメント板」と呼ばれる下地建材を表面に露出させたナチュラル&ワイルドな内装演出。インテリアのトータルバランスにも貢献しています。

各ブースが通路に対して凸凹になることによって、街並みのような雰囲気を醸し出しています。

道路に面した3階と4階の窓側にはダブルベッド仕様の個室が。

レトロなデスクも設置されていて、落ち着いて過ごせそうです。

共有の通路には、かつて美容室で使用されていた古家具が。ここに外国人宿泊客が座ってパソコン作業などをされているのだそうです。

HOTEL ICHINICHI」は、全13ブースで最大17名が宿泊でき、現時点で既に黒字営業となっているそう。ゲストからの反応も上々で、特にクレームもないとのこと。外国人利用者が多く、これまで「赤羽に外国人…?」と疑っていた人も驚きの結果を生み出しているのです。

 

女性のニーズや時流に乗せたコンセプトの構築

そもそもこうしたゲストハウスに向いているとは思われていなかった赤羽という地域。昔は賑わっていた商店街も、どこも高齢化で閉店するところが多く、治安も決して良いとは言えず、観光地や宿泊施設としては無名で、外国人が宿泊するイメージもありませんでした。「マイクロブティックホテル」のような形式も前例がありませんでした。

しかし、ホームページやSNSに加えて海外のブッキングサイトを活用し、写真やコンセプトなどをインターネットを通じて知った外国人が訪れるようになり、反応も上々でクチコミで広めてくれるようになったのだとか。低予算で宣伝や告知が実現されています。

最近は日本人のゲストも増えており、特にターゲットを20代後半から30代の女性に設定して好評に。3階は女性専用フロアーとなっており、満室になることが増えたそうです。

随所に「剥き出し」の躯体が見えているにもかかわらず、モダンでアメニティーも充実した洗面所やトイレ、シャワー室なども好評です。

女性ならではの気遣いと気配りが行き届いています。

5階には東京の街並みをシルエットで楽しめるグランドルームが。

ここにもコンクリートの躯体が剥き出しになっている部分があります。ベッドサイドテーブルは味のある木箱が用いられており、ライトもアンティークコレクションの一つが使われています。

そしてこの部屋にはまるで空港近くの高級ホテルのようなバスルームが備わっており、まさにロングステイしたくなる仕様。

東京の隠れ家的なホテルですね。セカンドハウスのように使いたくなります。

広いバルコニースペースで、プライベートな時間を楽しめそうですね。

時代を感じさせる家具も。仕事で東京に短期滞在するなんて時にも良さそうですね。

ファミリー向けにもオススメだとか。バラエティーに飛んだゲストルーム、いろいろと泊まり分けしてみたくなります。

 

畑違いの職業に果敢に挑む

かつて吉柴さんが訪れたニューヨークのブルックリンという街も、以前は治安が悪かったものの今ではおしゃれな街への変化を遂げており、日本からも観光客が増えているといいます。昔の工場がリノベーションされて魅力的なホテルとなり、そこがきっかけとなって周囲におしゃれなお店が増え、観光地として受け入れられるようになったのだとか。

赤羽も同じじゃないか?」という考えが吉柴さんの脳裏をよぎります。ブルックリンで見たもの、そこに住んでいる人から聞いたことと、味わいある数々の備品や想い出がたっぷり詰まった築50年のビル、そして寂れつつある地域の中に現存するニッチな魅力を結び合わせて、新しい価値を生み出せると…。

そのためにも、「リノベーション」という時流にのり、古いものの再利用もふんだんに取り入れようと考えたそうです。

例えば、もともと美容院だった1階をカフェバーにするに際し、「シャンデリアドライヤーアームもそのまま使えるのではないか?」という発想の転換と建築家のアイディア・マッチングにより、躯体感・素材感を表現した「オンリーワン」のインテリアデザインが完成。

2015年11月にオープニングパーティーを開催し、建築関係者、ライターなど多数の参加者による評価も上々で、メディアにも掲載され、これを見て雑誌やテレビ関係者などからも電話が来るようになったそうです。このビルを起点に赤羽の宣伝もできるようになり、他の店も活性化されて商店街にとっても活気を生み出せる基盤となりました。

実はホテル業やカフェ業については何も知らない状態からスタートしたという吉柴さん。ブルックリンの体験をきっかけに頭の中で少しずつ具現化し、3年ぐらい前から少しずつリサーチなどを進め、ホテル業の勉強のために他の類似コンセプトのホテルに就業して勉強したとも言います。そしてクラウドファウンディングサイトのMakuakeによる資金集め、求人と雇用を兼ねた雇用紹介サイトWANTEDLYの活用など、現代人のツールを駆使してトータル費用を安く抑えて開業を実現したのだそうです。

現時点で課題となっているのは1階のカフェバー「THE 315」の集客。とは言ってもすでに固定ファンも付いており、特に30代〜50代の男性の一人客が増えているとのこと。海外経験があり、ノートパソコンを広げて飲みながら仕事をするなどの習慣や飲み慣れた雰囲気を持つ客が多いのだとか。

夜はJAZZやクラブ調のBGMを流しつつ、時には宿泊客がピアノを弾いたりして雰囲気作りに貢献。内装にも創意工夫が見られ、古いものと新しいものを融合させたオリジナリティー溢れるインテリアが魅力です。

特に注目したのは、美容院として備わっていたヘアドライヤーのアームに、祖父母がコレクションしていたというシャンデリア等の照明を一体化させた独特なライティング。古いものの再利用はレトロフィットやリノベーションの真髄ですね。オーナーである吉柴さんや親族の想い出も蘇ります。

さらに、通常は天井の裏に使われるような建材のデザイン性に着目し、カフェの壁やカウンターのデコレーションとして使用しています。ここにも建築家のアイディアがキラリ。

地元商店街の事業者とコラボした日本茶ハーブティーなどのメニュー、地元の観光を活性化させるための北区ブックレット等を備え、周辺地域への貢献度も高いカフェバーとしてのセンスが感じられます。

カフェバーは19:00から24:00まで営業しています。

宿泊客とカフェバーの客がコミュニケーションを取れることも興味深いところ。今後は、北区や他の事業者とも連携を組んで、ガイドや案内ツアー、ランゲージエクステンションなど、地元を巻き込んだ拠点として地域に貢献したいとか。限られた宿泊客数ではイベント実施が難しいものですが、こうして地域と協業することによって可能性は広がります。

まだまだ未知数のカフェバー、これからの工夫と取り組みに注目ですね。

 

古いものを改修してまるで新しいものとして再利用するという、まさにレトロフィットの概念にぴったりの「HOTEL ICHINICHI」と「THE 315」。赤羽を新たな外国人観光客の拠点としつつ、地元商店街の活性化を生み出すことにより、建物が街づくりに貢献する素晴らしい取り組みとして、今後にも期待が持たれます。

 

HOTEL ICHINICHI

 

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ぴよ子

ぴよ子

東京都大田区生まれ。主婦であり犬3匹のお母さん。様々な管理職を経て、昔から興味のあった建築業界で日々奮闘中。スクラップ&ビルドではなく、再生して使用するレトロフィットの考えに感銘を受けました。主婦目線でいろいろな情報を発信していきたいと思います。

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